小柳ちひろ 著
シベリアに女性たちも連れていかれていたとは
知りませんでした。
以前読んだ「兵士たちの戦争」シリーズで
シベリアのひどい状況は読んでいましたが
男性も大変だったでしょうけど
女性は女性ならではの 恐怖は忘れられないと思います。
まだ 10代や20代の若い娘さんたちが
レイプされてしまったり それを恐れて 青酸カリをいつも握りしめていたそうです。
収容所では 意外と女性の方が 少ない食事でも耐えられてようですが
ロシア人男性にいつ襲われるかという心配がいつもあったそうです。
そして 生理が止まってしまった人もいたけど 生理になってしまっても
処置したくても 物がなく 新聞紙などを使ったとか。
本当に皆さん大変だったと思います。
時々 魚を入手した時は 調理しないで食べたそうです。
今では考えられないとおっしゃっていましたが
当時は食べれるものがあるだけでも幸せだったのでしょう。
そして やっとの帰国
ここでも大きな試練が待っていました。
家族ばらばらになってしまったし 日本には親戚しかいないかったりと
帰る家や 家族を失っていたり。
それだけではなく
日本についてすぐに
DDTを振りかけられ(当時はそれが当たり前でしたけど)そして
妊娠しているかどうかを問われ 妊娠していたら 堕胎させられたり。
更には 赤になってるのではと 行動を見張られたりした。
(当時は アメリカとロシアが険悪になっていたので余計に)
そして 色々ロシア事を問われた。
が 本当の事をしゃべったりして ロシアに伝わったら
まだ残っている人達に迷惑がかかるかと思って あまり多くを語らなかった。
帰国の際に 看護婦だったので 仲良くしていた
ロシア人の医者や看護婦仲間から 日本に帰っても大変だよ。こちらに住んだら?
と いう親切な声かけもあったそうです。
日本人は 終戦近くにあった 広島長崎の惨劇を知らなかっただろうけど
ロシアの人は そういうのを知っていたから
日本に戻ったら凄く大変になるんじゃないかと 心配してくれたようです。
そして 日本に戻る事を選ばなかった女性もいたそうです。
彼女は捕虜としてではなく囚人だったそうです。
とは言え 当時は罪がなくても囚人にされてしまう事もあったので
罪状はでっち上げのようです。そして刑期が満了して帰っても良いと言われたにも関わらず
帰らなかった。 というより 帰れなかったのかもしれない。
取材はできなかったようですが 彼女の家はかなり貧しく 売られてしまったそうです。
そうなると そんな自分が 帰る故郷はないと思ってしまっていたのかもしれません。
戦争によって 多くの人たちが苦しめられた事
そして 男性である兵隊さんだけではなく
看護婦であったり慰安婦として前線の方まで行った女性たちも多くいたという事。
そういう事を学べて良かった。
これは NHK BSの番組の元になったもののようですが
こういう番組は 地上波でやって欲しいと思いました。
女性の事を論じたシベリア関係って少ないと思います。確かにそうですよね、絶対あり得ます。
返信削除強制労働はないにしても、それに匹敵するご苦労は察して及びません・・・
クロさん
返信削除いつもコメントありがとうございます。
そうですよね~~
あまり聞かれませんよね。。。
とは言っても 看護婦とかで女性も戦争に行っていたのだから いないわけないのですよね。
ただ 数は少なかったでしょうし レイプなどを 恐れて 髪の毛を短く切って 男性の中にいて 女性であることを隠していた人もいたそうです。そういう場合は 男性と同じ仕事内容だったと思うので かなりきつかったと思います。